2006年11月27日

大河ドラマ 功名が辻 第47回

久々に大河ドラマを観たら、
ものすごく重い話だった。

相撲大会をエサに一領具足の長たちを集め、だまし討ち。

「人には言の葉というものがある」
「言の葉によって、子々孫々まで伝えられる」
だまし討ちを提案されて、一豊は名言を吐く。

それでも、六平太に「否」と言えない。
最後まで果断になれない、一豊。

ブログ「必然的なヒストリー」さんが、こんなことを書いている。
主役(もしくはそれに該当する人物)には「汚れ役」をやらせるわけにはいかない、という不文律はいつ頃から出来てしまったのでしょうか。

彼は織田信長ほど冷徹な人物ではなかった為「逆らう奴は皆殺し」と割り切る事は出来なかったし、豊臣秀吉ほど知略を持っていなかったので「うまいこと武器を取り上げて相手の牙を抜く」ことも出来なかったし、徳川家康ほど人心掌握術を心得ていなかった為「懐柔して山内家への忠誠を確固たるものとする」ことも出来ませんでした。
反乱分子を改心させて忠誠を誓わせる事も、無力にする事も出来なかったので、仕方無しに虐殺しました。


うんうん、なるほど。
すごく納得できる解説だ。

そうだよね。
すべて六平太が汚れ役、という今回の脚本、
不満だよね、やっぱり。

家康の圧力で、
土佐平定を急がなければならなくなった山内家。
残虐は果断に短時間に行うこと、
というのは『君主論』にも書いてあることで、
だからちゃんと、一豊に明確な命令を出させて欲しかった。
その苦しさを、ちゃんとドラマに書いて欲しかった。

物陰から丸腰の相手を鉄砲で撃つ、という卑怯な行為。
武士としては絶対にやりたくない殺し方。
それをしなければならない山内家の苦しさ。

何故か、
第二次大戦中のドイツの話を思い出した。
職業軍人であるドイツ国防軍の兵士は、
ユダヤ人殺戮作戦を拒否したため、
ヒトラー直属のSSが、ユダヤ人全滅政策を実行していた話。

一豊が突然「敦盛」を舞いだしたときは
なんで?と思ったけれど、
唄を聴くうちに、
信長のとった比叡山焼き討ちなどの峻烈な残虐行為を思い出した。
ああ、そういう演出なんだね、と納得。
本当はやりたくないことをしなければならない一豊が
信長の行為を思い出して、重ねているんだね。

今回の功名が辻でも、
信長の行為は否定的な描かれ方だったけれど、
後世の歴史からすれば、
ものすごく素晴らしいことだった。
今回のだまし討ちなんて、レベルが違うような気もするが、
平定を急ぐという意味では同じ意味合いかもしれない。

それにしても、
六平太は最後まで千代のために、事をなした。
千代の腕の中で死にたい、と服毒。

うぅ〜。ここで泣いてしまったもうやだ〜(悲しい顔)

香川照之、上手すぎる。

こういう歴史の裏の愛みたいな話を
上手く取り混ぜた大河ドラマって記憶に残る。
「義経」は、それが失敗してたから、
全部が嘘くさかった。

しかし、千代の態度はあれで良いのだろうか。
確かに正論なんだけど、
跡継ぎを失ったにもかかわらず「ようやった」と言った新右衛門や
最後まで千代のために生きた六平太を、
どうしてそこまで突き放せるのか。
みんな仲良く、が通じない現実を千代だって生きてきたのに。
六平太の死に泣いた分、
千代の態度には疑問が残った。

タイトルが「功名が辻」であるならば、
千代は夫のした決断を飲み込んであげなくちゃいけないと思うけど。

次回あたり最終回だよね?
ラベル:功名が辻
posted by ルクレツィアの娘 at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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